東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2940号 判決 1982年1月28日
控訴人 五十嵐商事株式会社
右代表者代表取締役 五十嵐福三
右訴訟代理人弁護士 木村賢三
中山新三郎
被控訴人 中野勝
右訴訟代理人弁護士 丸山幸男
右訴訟復代理人弁護士 黒川達雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、被控訴代理人において「控訴人の後記主張事実は否認する。なお、原判決末尾添付物件目録記載の土地は換地処分により別紙物件目録記載の土地となった。」と述べ、証拠として甲第四号証を提出し、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、控訴代理人において、「(一) 被控訴人は、訴外中野進に対し本件土地の権利証、被控訴人の実印及び印鑑証明書を交付し、進はこれらを控所人に呈示して金員の借用及び根抵当権設定の申入れをしたのであるから、被控訴人は控訴人に対し根抵当権設定契約締結の代理権を与えたことを表示したものである。そして、控訴人としては、被控訴人の実弟である進が被控訴人の実印、印鑑証明書及び本件土地の権利証を所持して金員借用の申入れをなし、借用金は被控訴人の家屋建築資金に充てる旨申述べ、現にその当時被控訴人は本件土地上に家屋を新築中であったから、進に根抵当権設定契約締結の代理権があると信じたのであって、このことに過失はないから被控訴人は民法一〇九条によりその責を負うべきである。(二) 控訴人が追認の事実として主張している被控訴人の債務の承認とは、訴外萩原和雄が控訴人に対し債務を負っていることを被控訴人が認めたという趣旨である。なお、被控訴人が控訴人から昭和五一年三月四日到達の内容証明郵便をもって根抵当権実行の予告を受けながら何らの応答もせず、また、控訴人の申立てにより開始された競売手続が進行する間何らの異議も申し立てなかったことも、根抵当権設定契約を追認したものと認めるべき根拠となるものである。」と述べ、証拠として当審証人佐藤義雄、同五十嵐惇和の各証言及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果を援用し、甲第四号証の成立は認めると述べたほか、原判決の摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
一 別紙物件目録記載の土地(《証拠省略》により原判決添付物件目録記載の土地の換地であると認められる。以下本件土地という)が被控訴人の所有であり、右土地に原判決事実摘示記載の根抵当権設定登記(以下本件根抵当権設定登記という)が経由されていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を綜合すると、訴外中野進は、昭和四九年九月二六日、被控訴人の代理人として控訴人との間で、本件土地につき、控訴人と訴外萩原和雄間の金銭消費貸借、証書貸付、手形割引等の取引上の債権を担保するため極度額三〇〇万円の根抵当権を設定する旨の契約(以下本件根抵当権設定契約という)を締結したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
二 しかるところ、控訴人は、被控訴人が進に対し控訴人を権利者とする本件根抵当権設定契約締結の代理権を与えた旨主張するが、かかる事実を認めるに足る証拠はなく、また、少なくとも訴外笠懸村農業協同組合との間で本件土地に対する根抵当権設定契約を締結する代理権を与えたとの控訴人の主張についても、これを認定することのできる証拠はない。
したがって、控訴人の有権代理及び民法一一〇条に基づく表見代理の主張は、いずれも失当である。
三 次に控訴人の民法一〇九条に基づく表見代理の主張について判断する。
《証拠省略》を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち
被控訴人は、昭和四九年九月一八日過ぎ頃、本件土地上に家屋を新築する資金一五〇万円を借受けるべく、印鑑証明書及び本件土地の権利証を持参し、実弟の進を帯同して笠懸村農業協同組合に出向いたが、係員が不在のため借受けの手続をとることができなかった。そこで被控訴人は、進に対し右携帯の権利証及び印鑑証明書を預けて保管を頼み、当時ダンプカーの運転手として働いていた新里村の工事現場まで、進の運転する自動車で送ってもらった。そして、進は、右権利証等を自宅に持帰り保管していた。ところで、進は当時、土建会社に雇われてダンプカーの運転手をしていた被控訴人とは別個に、独立して建築業を営むかたわら金融ブローカーをしており、同じく金融ブローカーをしていた訴外萩原和雄とは日頃金を借りる間柄であったが、同月下旬、萩原から資金援助を頼まれ、被控訴人には無断で本件土地を担保に萩原のため金策しようと考え、萩原共々控訴人と折衝を始め、同月二六日、萩原に同行して控訴人方へ赴き、同所において萩原が債務者として控訴人から一五〇万円を借受けるにあたり、被控訴人の代理人と僭称し、前記権利証及び印鑑証明書を呈示して、控訴人と本件根抵当権設定契約を締結し、さらに同日、司法書士訴外本多瑛方において根抵当権設定契約証書用紙の根抵当権設定者欄及び登記申請委任状用紙の「登記義務者(委任者)」欄にそれぞれ被控訴人の氏名を冒書し、その名下に被控訴人の印章(以前被控訴人の名義を借りて自動車を購入するため被控訴人から預っていた同人の印章)を擅に押捺して根抵当権設定契約証書及び登記申請委任状を作成した上これらを本多に交付して登記手続を委任し、同人の申請により本件根抵当権設定登記が経由された。
以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
ところで、土地所有者が権利証、印鑑証明書、実印を他人に交付するのは、当該の場合におけるさまざまな必要ないし理由に基づくものであるから、任意交付の一事をもって、右書類、実印を所持する者に当該土地に対する根抵当権設定の代理権を授与した旨表示したものと解することは相当でなく、本件において、前記認定事実によれば、被控訴人が進に対し本件土地の権利証及び自己の印鑑証明書を交付したのは単に保管を頼んで預託したものであって、これらを使用して本件土地に対する何らかの処分行為を代理させる趣旨でしたものではなく、また印章も右とは別の機会に進が購入する自動車を被控訴人名義とする便宜上進に寄託されたものにすぎないから、進において右権利証及び印鑑証明書を控訴人に呈示して根抵当権設定契約に応じ、また右印章を使用して根抵当権設定契約証書及び登記申請委任状を作成したとしても、被控訴人が控訴人に対し進に本件根抵当権設定契約締結の代理権を与えた旨を表示したものということはできない。のみならず、《証拠省略》によれば、萩原と被控訴人とは直接取引関係あるいは個人的交際はなく、また、前認定のとおり被控訴人と中野進は別々の仕事に携っていたのであるから、被控訴人が仕事上進を介して萩原と関係を持っていたわけではなく、また、控訴人にとって、萩原と進は従前からの金融取引の相手方であるが、被控訴人は、控訴人代表者がその幼少のころを知っていたというほか、かつて進が控訴人から融資を受けるに際して持ち込んだ手形の中に被控訴人振出名義のものが数通あった(但し、それが被控訴人の承諾のもとに振り出されたものであるかは疑わしい)という程度の間柄にすぎなかったこと、しかるに、控訴人代表者は本件根抵当権設定契約締結に先立って、萩原の案内で本件土地の見分に赴き、その価額を約三〇〇万円と評価したが、その際、被控訴人の当時の住所は自動車で一五分位のところと萩原から説明されたのに、同人が「当日被控訴人は不在である」といったのをそのまま受け止めて、予め被控訴人の意向を確認することなく、被控訴人の代理人と称する進と本件根抵当権設定契約を締結したことを認めることができ(右認定に反する証拠はない)、右認定事実によれば、控訴人代表者が進を被控訴人の代理人と信じたとしても、過失があったものといわざるをえない。
したがって控訴人の民法一〇九条に基づく表見代理の主張は理由がない。
四 次いで、控訴人の追認の主張について判断する。
控訴人は、被控訴人が萩原の控訴人に対する債務を認めたことをあげて、進が無権限でした本件根抵当権設定契約の追認をしたものであると主張するが、被控訴人が萩原の控訴人に対する債務の存在することを認めたことを認めうる適確な証拠はないのみならず、そもそも控訴人主張のようなことがあったとしても、進が無権限でした本件根抵当権設定契約を追認したことになるものではない。また、被控訴人の抵当権実行に対する異議が、控訴人からの抵当権実行の予告後ないしは競売手続開始決定後の早期において述べられなかったとしても、その一事を以って本件根抵当権設定契約を追認したものということはできないし、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は昭和五二年九月二〇日に至り、ようやく保証金を調達して競売手続停止の仮処分を得、次いで本訴に及んだもので、それまでの間、本件根抵当権設定契約を容認する考えで推移したものではないことが認められる。その他被控訴人において進が無権限でなした本件根抵当権設定契約を追認したものと認めるに足りる証拠はない。
五 以上のとおりで、控訴人の抗弁はすべて理由がないから、被控訴人の所有権に基づく本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める本訴請求は、正当として認容すべきである。
よって原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 蕪山厳 裁判官 浅香恒久 安國種彦)
<以下省略>